月明かりのみを頼りに道を急ぐ。
深い森の中をまるで草原を走っているがごとく影は滑らかに移動していた。
ホゥ、ホゥ、と夜闇を際立たせるかのように遠くから梟の声が聞こえる。
思い出したかのように生い茂った叢を動く生物もいるが、眠りの女神に抱かれし森は神聖なる静寂に包まれている。
その邪魔をしないようにと影は音も無く走っていく。
一陣の風が過ぎったかのような余韻を残し、影は疾駆する。
脳裏に刻み付けられた情報を元に最短ルートで目的地に着く。その為に影は昼夜休み無く走り続けている。
疲労を知らないのか、それとも疲労を経験するほどまだ人生を生きていないのか。
合理的、というより機械的な思考を働かせ、今現在取りうる最善の方法を選択する。
それが彼という現存在にして存在理由。
無垢であり無邪気にして無駄の無い、無機質な存在。
彼が確固たる彼になるのはいつになるだろうか。彼という選択をすることになるのは幾年かかるのだろうか。
今は、魂に刻まれた敬愛する主にして父の命を全身全霊をかけて遂行すること。
そのことが今の最良の選択であることを彼は知っている。
雲隠れしていた月が一段と明るく光り、顔を出す。
表を上げて見てみれば、その雲がかかっている山の裾に人家と思しき明かりが揺らめいているのが見えた。
守る。
今度こそ、絶対に。もう二度と彼女の涙は見ない。
「継承者殿、必ずや――」
貴方を守り通してごらんにみせます――