――1――
それは酔いにまかせてなされた口約束だった。
ある者は冗談で ある者は慢心にまかせて ある者は何も考えずに。
そしてある者はそれを受け取るには真面目すぎて。
無謀と慢心の精霊の加護を持つという彼らはこうして散り散りとなった。
この先それに巻き込まれるであろう人々の心労を全く解せずに。
「おっちゃん、腿四本くださいにゅ。あ、こっちの皮も捨てがたいにゅ〜」
首を左右にふりながら、そのライトブラウンの頭をかきむしりながら『にゅぅ〜〜』と唸るさまは酷く滑稽であった。しかし本人はそれに気付かず、そして指摘する人もいない。
「はとこの子よ。それ以上悩んでいるようであるならば私は先に行くぞ」
後から話しかける人がいた。
しかしその”人”は厳密に”人”とは言えず、特徴的な長い耳に、整いすぎた美貌、不死に近い寿命を持つという森の種族、エルフである。
そしてそのエルフも例外にもれなく、光が当たると青味がかって見える銀の髪を肩まで無造作に伸ばし、尖った鼻梁に少々きつすぎるとも言えなくない碧眼をたずさえて、人外の冷徹美を醸し出していた。
しかしそんなエルフに話しかけられた子供はそんな、通行人が一歩引くような雰囲気を理解せずに、
「待つにゅ!おっちゃん、全部包むにゅ!!お金、お金!!」
と、わたわたと荷物の中から財布を取り出そうと格闘する。その光景にエルフは軽く嘆息し、そして少し古ぼけた外套に手を突っ込むと、貨幣を数枚、お釣りなしにきっちり値段通りに店の主人に差し出した。
「サンキュウにゅ、はとこ」
「気にするでないはとこの子よ。時は金なり。私は、ここにいなくてはならないという時間をこの金で買ったのだよ」
そう言って踵を返し、注目を浴びているのにも全く怯まずに大通りをどんどん進んでいく。そしてその後を、
「ま、待つにゅ〜〜!!!」
と言いながら子供――の姿に似た種族、グラスランナーが追いかけていった。
通行人はしばらくその姿を目で追っていたが、冒険者の集う街である、その御事例に漏れず、彼らもふらりと寄ってきた旅人だろう、という憶測のもと、次第にいつもの活気が戻ってくる。
ここは、冒険者が興した国、オーファンの首都・ファン。
この街に、冒険者は珍しくない。
国からおりた報奨金の元、《青い小鳩》亭は見事な復活を遂げていた。
そこに拠点を置く冒険者が『バンパイアスレイヤー』を名乗るようになり、それと同時に増加してきた客を処理するため宿泊施設を拡張した。その一つ一つに充実したアニメティ――は無理だったが、疲れを癒すにはちょうどいいフカフカのベッド。全て新調されたパリッとのりのきいた清潔感溢れる白いシーツ。調理場の各種機材も最先端のものとなり、料理のバリエーションも増えたとの評判だ。
そして、その立役者の一人、『ファリスの鉄塊』こと筋力25の神官戦士・イリーナ・フォウリーがフル装備でタップダンスを踊っても地響き一つしない最新の耐震設計。火事が起きたらすぐさま警報がなる魔術師ギルド最先端の付与魔術、と《青い小鳩》亭・改は大幅なアップグレードとともに新装開店したのである。
「燃え上がって再生!なぁ、名前、小鳩じゃなくて不死鳥にしねぇ?」
「それじゃあ青くないよね、《紅い不死鳥》亭?」
「おお!いいなそれ。通常の三倍の早さで料理が出てきそうだ!!」
「アホかー!ここは・そのまま・《青い小鳩》亭でいいの!」
ツッコミとともにウェイトレスがお盆を金髪と黒髪に叩き込む。
その遠慮の無い口調と、淀みないツッコミの動作から、彼らがただの店員と客の間柄ではなく、もっと気心のしれた関係だとわかる。ちなみに、それはすでにこの《青い小鳩》亭の日常の風景の一コマとなっていたのだが。
「名前変えちゃったら折角広まった噂でノコノコ来る客が途絶えちゃうでしょ!!」
仁王立ちしてそう言いきるウェイトレスに客――その、ノコノコ来てしまった連中はヒクリと口元を痙攣する。しかしそれが怒りと昇華される前に、低くて響きのよい歌声が上手い具合にそれをごまかす。
音源は、褐色の肌に、派手なほど色彩を凝縮させた服を纏った、柔和な雰囲気をうけるドワーフだ。その歌声に、常連客からの『はじまったぞー!!』という声も受けて、新参の客はそちらに意識を向けた。朗々と響き渡る低い声。その響きに不快なものなど一切なく、例えるならば水のように澄んだ清酒だ。その美声は店を出て通りにも響き渡り、たちまちに《青い小鳩》亭は群集の詰め掛けるところになる。
「相変わらずバスの歌はいいよね」
他人を誉めることなど、エルフ関連を除いて、全くないとされるエキューも、ぼそりと呟かずにいられないほどバスの歌声は素晴らしい。「全くだ」と同じく聞き入っていたヒースが同意する。
バスを旅の道連れにして長い上記の二人ですらこうであるのだから、付き合いの長いとは言えないノリスなど、まるで酒に酔ったかのように顔を紅潮させて聞き入っていた。
バスの無骨だが器用な指先がリュートの弦を爪弾き、一弾と大きな演奏と声と共に、バスの歌が締めくくられる。そして喝采。アンコールの声と共に投げかけられたおひねりはすさまじい勢いでマウナによって回収されていった。
そしてアンコールに応えたバスの歌が再び店内に響き渡る。
人々はそれに動きを忘れて聞き入るが、ウェイトレスであるマウナはそんな彼らに酒などを振舞うために忙しなく動き続けなくてはならなかった。
またノリーナに頼んじゃおうかな、と約一名に対して不穏なことを考えていた時、扉に群れる群衆をかきわけて一つ――いや、二つの人影が店の中に入ってきた。
「あぁっvvエルフだ!」
エキューの目がまるでハートになったかのような錯覚が覚えられた。
ヒースもその場の雰囲気と壁一枚隔てたような気配にン、と眉を顰める。ノリスは――バスの方に意識が行っていて全く気を配っていない。
そしてその約半分の客がバスの歌から意識を逸らしてそちらを向いていた。
冒険者らしい服装をしたエルフとグラスランナー。
ただでさえ美しいと評判のエルフだが、それだけではなく、その堂々とした振る舞いから一種の隙の無さが滲み出ていて、それがまた相まってその人物の魅力を引き出している。そしてそれに続くのが、能天気を絵に描いたような、と言われる種族・グラスランナー。ひょこひょことエルフの後を付いて行く。
独自の世界観を持っているとされるエルフとグラスランナーの組み合わせというのは結構珍しいものである。そんな彼らに対して約半分の客が好奇の視線を注いだ。
しかしその二人組みは、そんな視線に慣れたと言わんばかりに、バスの歌にバスを一瞥して、カウンターへと一直線にやってくる。その行動の早さにマウナすら挨拶を忘れたほどだ。
「……こに、バン…イア………がい………いた……」
店主のガーディに話しかけているのを盗み聞きしようとするが、あまり大きな声でないうえ、バスの歌もあって途切れ途切れにしか聞こえない。
それにもめげずに、マウナは手持ち沙汰になっているグラスランナーに注文をとる振りをしてこっそり話を盗み聞いた。
「………ふむ、噂違わず、ということか……」
そうエルフが呟くのを聞いた。
グラスランナーはマウナの問いかけに『後で頼ませてもらうにゅう』と独特の口調で、しかし淀みない共通語で返して、他の客がマウナを呼んだのでそこで引き返さざるを得なかった。
そしてそのまま二,三の質問をガーディに投げかけ、そしてガーディが真っ直ぐヒース達のいる空間を指差す。それにエルフが社交辞令的に礼を言って、また真っ直ぐヒース達の方に歩いてくる。エキューがものすごい飢えたような視線でエルフの耳を凝視しているが、エルフはそんなことに頓着せず、ヒースをこの連中のリーダー格と見たのか、ヒースに対して話しかけてきた。
「ヒースクリフ・セイバーヘーゲン殿ですかな?」
高くもなく低くもない、バスとは違った清涼感のある声だ。
エルフは声すらも美しい、とエキューが褒め称えていたような気がする。
「そうだが」
いつものおちゃらけた雰囲気が今のヒースにない。いつもなら『はっはっは、呼んだかね?稀代の天才魔術師ヒースクリフ様の名前を!!俺も有名になったもんだなー』くらいのことは言いそうなのだが。
それだけ目の前の人物の持つ雰囲気に圧倒されていた。
「君達に依頼したい」
口数少なく言われたが、ヒースは既に受けたと同然に感じ始めていた。
「話を聞こう――と言いたいところだが、そういうのは俺達が全員集まってからでいいか?」
振り絞って出した答えに、エルフがフム、と応える。
「そうしたほうがいいにゅ。勝手に依頼を受けるのは仲間との軋轢の元にゅ」
ぴょこぴょことはねるグラスランナーがエルフの代わりに応える。
「まぁ、そんなに急ぐことでもないしな」
「そうにゅ」
そう言ってヒース達の対岸に腰掛ける。すかさずマウナが注文に取りにくるが。今度は素直に注文を飛ばした。
エルフの方はこれまた社交辞令のようにエールを一杯だけ頼んだが、グラスランナーは反対に食べきれないほどの料理を頼む。まるでノリスみたいだ、とヒースは横を見て思った。ノリスも半分以上平らげていたが、このグラスランナーに負けないほど頼んでいたのだ。
「はとこの子よ、貴様さっき焼き鳥を5本ほど平らげていなかったか?」
「気にするなにゅ。はとこが食べない分俺が食べてあげてるだけだにゅう」
「私はちゃんと食べているし、貴様のそれは食いすぎというんだ」
「食ったらその分動く、そしてまた食う。これぞグラスランナーの、いや世界の不文律にゅ」
ますますデジャ・ヴを覚えてきそうである。
そんな漫才のようなノリの会話にヒースは何とかして割り込んだ。
「えーと、名前を聞いていいか?」
その言葉にエルフとグラスランナーはハタ、と目を合わせる。
そしてすぐにヒースに対して向き直る。
その様子を凝視していたエキューは、何か意思疎通があったようにも感じた。
「これは失礼した。依頼をするというのに名前を名乗ることを忘れていたとは。私はスイザ。こっちのグラスランナーはパラフリーという」
その言葉にグラスランナーの頬が盛大に引き攣ったのだが……それは誰にも見咎められることなく終わる。
「どうも。俺はヒースクリフ・セイバーヘーゲン。魔術師だ」
「エキューですッvv」
「ノリスだよー。いちお、精霊が見えて手先がきよー」
その言葉にエルフがほう、と関心を示す。そんな様子にエキューが、自分も精霊が見えると言っておけばよかった、と心から悔しがった。
「ご同業か。しかもシーフとはな」
「結構便利なんだよね。で、そっちは?」
そうノリスが返すと、スイザと名乗ったエルフは片眉跳ね上げ、そして皮肉っぽい微笑を顔に浮かべた。
「ただのひ弱なエルフに輪をかけて非力なグラスランナーだが?」
こめられた皮肉に、思わず苦笑してしまう。どうやら真面目に答える気がなさそうだ。 そしてそれを見ていたバスは――スイザの中にヒースを見た気がした。それも、ヒースよりも性質が悪そうな。
「いらっしゃい!!…て、ガルガドさん!!」
マウナの声にヒース達も反応する。扉からは鈍く光るアーマーに包まれたがっしりとした体型のドワーフが入ってきた。そして真っ直ぐ所定位置であるヒース達のいるところに来ようとするが……そこに見慣れぬ先客を見つけてウン?と首を傾げる。
「やっほーガルガドー」
「小僧、依頼人か?」
小僧、という言葉にパラフリーが反応しそうになるが、それがノリスに向けられたことだと気付いて留まる。そしてこのドワーフも仲間と見たのか、スイザと呼ばれたエルフが向き直ってガルガドに挨拶した。
「どうも、ガルガド殿。私はスイザ。そして……」
「パラフリー、にゅ!」
ひらひらと手を振るグラスランナーに、ガルガドも何処か既視感を感じたらしい。そしてそこにマウナもパラフリーの注文の品を持ってきて――
「あと一人だな」
とヒースが呟いた時、遠くから丁度良く景気のいい金属音がやってきた。
地響きは、感じない。
「こーんばーんはー!!」
バタァン!!と壊れるほどの勢いで扉が開かれた。
それに慣れていない新参の客、そしてスイザとパラフリーも驚いてそっちの方向を向く。
一見、甲冑おばけ。
しかしそこから覗く顔はあまりにも幼い。
ガションガションと何処かの機動戦士のような音を立ててその甲冑おばけはヒース達の席に近付いてきた。
スイザ達には、気付かない。
「やっほーヒース兄さんノリスエキューマウナガルガドさーん!あ、バスさんも!!」
スキップのような軽い足取りで――盛大な金属音を奏でて――イリーナが接近する。それでも卓の異分子には気付かない。
「今日もファリス様の御許で私はいい一日を過ごすことができました!!ファリス様に感謝ですー」
そう言って聖印を握り締め祈り始めるイリーナに、マウナが軽くお盆で叩いた。
「こらイリーナ、大切な依頼人を無視してるんじゃないわよ」
「へ?…はっ!!」
イリーナはここでやっとスイザ達の姿に気付いたようで、慌ててガション、とお辞儀をした。
「これは気付かずにもうしわけありませんでした!イリーナ・フォウリーと申します。普段はファリス神殿にて勤めさせていただいてます。もしファリス様に御用とあればよしなに!」
「…………」
返事をしない依頼人に、呆気を取られている、と思いきや、エルフのスイザの顔には苦々しいものが浮かんでいた。
「………ふぁりす……」
それを取り繕うかのようにグラスランナーが声をあげる。
「イリーナさんにゅ!俺はパラフリーにゅ!あっちのエルフはスイフ…スイザにゅ!!」
「よろしくおねがいしますパラフリーさん!スイザさん!」
そしてぶんぶんとパラフリーと握手をしてから、イリーナはスイザへと握手を求めて手を差し出した。
「…………」
「(は、はとこ!!)」
「……よろしく」
そう言ってすぐ手を握って離す。
その動作に――握手を求めておいたらよかった、とエキューは再び後悔した。
「(はとこ!もうちょっと愛想よくするにゅ!)」
「(エルフが神を信じないのは知っているだろう!)」
「(それとこれとは違うにゅ!グラスランナーも信じないにゅう!!)」
「どうしました?お加減でも悪いんですか?」
ぼそぼそと囁きあう二人に首をかしげてイリーナが話しかける。
それに過敏に反応する二人。そしてエルフが憮然な表情をし、グラスランナーが取り繕うように言った。
「そそそう言えばこっちのドワーフとエルフさんも仲間かにゅう?そっちの名前はなんて言うんだにゅ?」
「おおこれは失礼。ワタクシはバス。一介のアーティストです。副業でちょっと手先が器用ですがね」
「あたしはマウナ・ガジュマ。精霊使いで、ハーフエルフよ」
「よろしく」
多少つっけんどんでも今度は普通に応じる。
そして全員揃ったと見て、スイザは話を切り出した。
「諸君らの評判は聞いた」
その動きのない表情から社交辞令だろうな、と思ったヒースだが、同時にどんな噂を聞いたのか少々気になった。ガルガドは少々俯いて眉をしかめているが。
「護衛、そして遺跡などの発掘に関してとても優秀だとか。聞いたところによるとワイバーンを一太刀で斬り捨て、バンパイアすらも片手で縊り殺したとか」
「しょ、少々誤解も入っているようですが……」
バスの『ファリスの猛女』を思い出したのか、イリーナが赤くなって俯いた。
それに皮肉気な笑みを一瞬見せるが、そのまま淡々とした調子で続ける。
「噂とて真実が無ければ発生しまい。そんな君らの優秀さを買って私達は依頼したい。依頼内容は護衛。拘束期間は6ヶ月ほどだ」
「何処か遠出を?」
「いや。多分オーファン国内だ」
多分、という言葉に引っかかりを覚えるが、それよりも気になること――すなわち報酬の問題をマウナは口に出した。
「ふむ……一人当たり、このくらいでどうだ?」
ピン、人差し指が立てられる。
「一万ですか?それで半年は……」
眉根を寄せたスイザがマウナの言葉を途中で遮った。
「誰が一万程度で買うと言った」
テーブルの空気が瞬間に凍りつく。
それはこの先の言葉への期待からか、夢のような現実からの逃避か。
「一人、十万ガメルだ」
――2――
「はとこ、あれはいくらなんでも出しすぎじゃないかにゅう?」
「そうか?」
涼しい顔をして答えるスイザ、もといスイフリーにパラサは眉根を寄せた。
「あいつら驚いてたにゅう。それと同時にすんごい胡散臭い目で見てたにゅう」
旅装を脱いで簡素な夜着に着替えたスイフリーはベッドに腰掛ける。ちょうどいいほどの反発が返ってくるのに思わず笑みを漏らす。しかしパラサにはそれが邪笑に見えたらしく、
「……今度は、何考えてるにゅう?」
と訝しげに言った。
「別に、貴様が思っているようなことは考えてなどいない。それに気に食わんがファリス神官は虚偽を嫌う。金だけ持ってトンズラなどという真似はせんだろう」
「……それは、そうだけど……」
大方同じくファリス神官であったクレアのことでも思い出しているのだろう。パラサが彼女に懐いて(?)いたのは傍から十分なほど見ていた。
「はとこの子の子よ、これは先行投資というものだ。十分な金さえ払えば大抵の冒険者はそれに応えてくれる。それもあの手のファリス信者だ。もし代金に見合う働きをしてくれなかったらそれこそファリス神官らしく何らかの手で補ってくれるだろうよ」
「……にゅう……」
「盗賊ギルドの情報は決して構成員を裏切らない。そうだろう?」
「………珍しいにゅ、はとこが人間を全面的に信頼するなんて」
スイフリーという人間(エルフ)と長年付き合ってきたパラサである。
彼はまさしく猜疑心の塊のような人間だ。そもそも――パラサ自身、スイフリーに”仲間”らしい信頼をされているか、怪しいと思ってしまう。現に、面と向かってアイテム扱いなどざらであった。
そしてパラサの言葉に苦虫を噛み潰したような表情をするスイフリー。
「……単に、学習しただけだ。ファリス信者のアホさを、な」
アノスに本拠を構えると否応無くファリスと関わらなければいけない。スイフリーは過去に、厄介な呪いのせいでファリス神官に問答無用に牢獄に入れられたことがある。それがトラウマじみて、今回のファリス神官との接触の際、ぎくしゃくとした対応になってしまったのだろう。
パラサもスイフリーにならってベッドにダイビングするべく夜着に着替える。スイフリーの擦り切れたシャツと違ってパラサのものは上等の絹を使った最高級の夜着だ。堅実なエルフもといスイフリーと、楽観的浪費癖のあるグラスランナーのパラサの差である。寝てしまってはどれもこれも同じだと思うし、第一冒険者である身は大半が野外生活だ。夜着など買っても意味はない、というのがスイフリーの意見だが、これをパラサに言ったことはない。パラサの金はパラサのものであり、それをどう使うかに関してはスイフリーが口を出す問題ではないからだ。
「それにしても人間とは面白いな」
ぼそりとスイフリーが呟いた。
怪訝な表情でパラサが振り向いた。
「報酬を値切られるなんて、初めてだ」
それについてはパラサも同感であった。
「護衛、半年、一人当たり7万ガメル、全額前払い」
あたし達は今7人パーティでしょ。つまり7×7でしょ。つまりは七七四十九の……
「よんじゅうきゅうまんがめる!!」
ヒィ、という悲鳴と共にマウナがドラマチックに仰け反った。しかしそれを支える者はいない。皆マウナ同様、冷静さが売りのエキューですら、意識が大喜びの野にいけるほどショックを受けていたからだ。
「ふぁりす様……私は夢を見ているのでしょうか………ああ、ヒース兄さんが遺失呪文を使ったんですね?こんなところで練習しないで下さいよ……」
「俺はそんなもん使っておらん、ていうか使えん。遺失呪文だからな」
ぐいーっと横に座っているノリスの頬をひっぱるヒース。しかしノリスは反応しない。既にその7万ガメルを使っての取らぬ狸の皮算用を始めているからだ。
「いちにち200使うとして……わお、一年豪遊?100に押さえたら2年は持つね……」
そんな腑抜け状態のパーティで、一番に元に戻ったのは、精神抵抗力も豊富なドワーフのガルガドであった。
「ええいしっかりせんか!!まだ受けると決まったわけではないじゃろう!!」
「でもこんな好条件だぜ?受けなきゃ損だよおやっさん」
「ヒース、貴様まで脳味噌海綿状症候群に襲われてどうするんじゃ。そもそも、あの依頼人は確かな筋からの紹介なのか?」
「全然。本人曰く、ひ弱なエルフと輪にかけて非力なグラスランナー。ガーディのおっちゃんと話しているのは見たけどね」
そうノリスが言った時、丁度良くガーディがこっちの席に近付いてくる。ウェイトレスであるマウナが仰け反った状態で固まっているからだ。
「ちょうどよかった、おっちゃん。さっきのエルフとグラスランナー、知ってる?」
そう言うと、ガーディは考え込むような素振りを見せて、
「いや、初めて見た。でもこっちに話しかけてきた時は、『ここにバンパイアを倒したというパーティがいると聞いた。リーダーはヒースクリフ・セイバーヘーゲンという人間の男。この情報に間違いはないか?』と聞かれたよ」
「リーダー?ヒースが??」
ジト目でエキューがヒースを睨む。ガルガドとマウナの視線は冷たい。
ヒースは乾いた笑い声をあげた。
「それで?」
「マウナちゃん達の冒険歴を聞かれたよ。そのほとんどが、儂らが把握してるマウナちゃん達の動向と一致していてな。うちではないどっかから紹介されてきたんじゃないか?」
そう言って、マウナが冒険者として仲間と相談するのを確認してからガーディは再び厨房に戻っていった。
そして額がくっつきそうなほどに身を寄せるヒース達。テーブルの上のエールがごとりと揺れた。
「拘束期間が半年と長いものの、報酬前渡しの上一人当たり7万ガメル」
「本当は10万だったけどね」
「しかも護衛対象は素性のわからぬエルフにグラスランナー」
「スイザさんとパラフリーさんと名乗りましたよ」
「しかも返事は明日の朝でいい、とこうして猶予期間を与えてくれる親切ぶり」
「怪しい匂いがぷんぷんですな」
そのバスの言葉にヒースも首を上下させる。しかしイリーナはクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。
「なんでですか?私達が混乱しているのを気遣ってくれただけじゃないですか」
「そんなもん強制的にサニティで戻せ。好条件すぎる。潔癖すぎる。第一オーファン国内だけで拘束期間が半年ってなんだ?それに第一身元が怪しすぎる!」
「汝疑うことなかれ、ですよ、ヒース兄さん」
「怪しむな、というのが無理なほどだ。大体こんな大金をぽっと出せるほど金持ちには全然見えなかったしな」
これがもし王宮とかならば順当な線だったのだが、相手は見知らぬ異種族。しかも身なりのそんなに上等なものではないように見えた。
ということで、取るべき道は一つ。
「バス、ノリス、盗賊ギルドまでちょいとお使い行ってきてくれ」
二時間ほど経った頃、バスとノリスがぶらぶらと《青い小鳩》亭に帰ってきた。
既に店の中もピークの時間帯を過ぎており、ちびちびと酒を舐める者が数名残っているだけだ。こっそりと話をするにはちょうどよかった。
「どうだった?」
無料の水を差し出してマウナが聞く。
しかしバスもノリスも首を横に振り、
「ダメだった」
と答えた。
「それはどういう質問をしたかにもよるな、クソガキ」
「袖の下も払った。似顔絵も持って行った。でも収穫なしだよ」
そう言ってノリスの出した似顔絵は本人達そっくりでだった。
「ということは、盗賊ギルドですら関われない高みの人物か、もしくは新参者か」
「……その、なんていうかですな、ヒース。受付の者と接触した感触は……『詮索するな』と言っているようでしたぞ」
バスの口調は少しぎこちない。困ったように目尻を垂らし、手はさかんにリュートをかき鳴らす動作を続けている。
そしてヒースもその言葉にウーン、と頭を抱えた。
「『詮索するな』………痛い目にあう、ということか?それほど大物なのか……それとも、ファンドリア方面のやつだったり………なぁ、スイザの肌は白かったよな?」
「全然白だったよ。でもディスガイズとかシェイプチェンジもあり得るよね」
「だったら何故エルフやグラスランナーである必要があるんだ。もしエキューのハートをげっちゅしたいならエルフでも女のエルフにしとくだろ、グラスランナーな理由はないんじゃないか?」
「ていうかさ、これが真っ当な依頼だっていう可能性はないわけ?」
「何を言うマウナ。石橋はライトニングしてから渡れというだろう?」
「あんたはライトニングどころかライトニング・バインドじゃないの。ちょっとは相手方を信用したらどうなの?」
「同感にゅ」
「しかし慎重すぎるにこしたことはない。我々はこれでもファンドリア方面から多大なる恨みを買っているのだ。いつまたクランズ二世が派遣されるかわかったもんじゃないんだぞ」
「クランズ二世がわざわざ報酬前渡しで依頼を持ってくると思う?しかも、見知らぬ人の姿で。来るならフラボノさんあたりにばけてくるわよ」
「具体的ですな、マウナ。今にもその予想が当たってしまうかのごとく」
「もしもの話よ!本気にすんじゃないわよ――!!」
「にゅ、にゅ」
「ああ怒ったマウナさんも素敵ですッ!特にその揺れている耳とかッ!!」
「なら、失礼じゃがセンス・イービルをかけさせてもらうというのは?説得すればなんとか了承もとれるじゃろ」
「俺は別にいいけど、はとこ、その呪文嫌いだからにゅ〜〜」
「好き嫌いしては大きくなれませんッ!そういうものは日々の鍛錬によって克服すべきですッ!!」
「毎日一日一回センス・イービル?それはとてもよしておきたいな。何を言われるかわかったもんじゃない」
「ヒースは、ね。でもセンス・イービルじゃなくてセンス・ライの方がいいんじゃない?明確な情報を手に入れるには」
「それもそうだな………」
フム、とヒースが顎に手を当てる。
話が一本にまとまってきたところで、発言を控えていたノリスがおそるおそる口を開いた。
「あの……皆?」
「なんじゃ、クソガキ」
「とっくに…気付いてたんだよ、ね……?」
ノリスの指の先には、ここにはいないはずのライトブラウンの頭がひょっこりと。
「「「!!!」」」
「にゅ?」
ズザザッと距離を取るヒース達にグラスランナーは小首を傾げた。
いつのまに、とパクパクとヒースの口が動く。それにパラフリーと呼ばれたグラスランナーは律儀に答えた。
「スイフ……スイザの肌の色を聞いたとこからにゅう。だいじょぶ、まだ白いから安心するにゅう」
その”まだ”とは何なのかが非常に気になる。
「ななになにか御用おおおでで??」
驚きの余り口調がおかしくなっているヒースにグラスランナーの目が眇められる。
それは笑っているようにも見えるし、睨んでいるようにも見えた。
「言い忘れてた条件があって。護衛中に手に入れた物――それこそマジックアイテムでも何でも、所有権はこっちに属すること。それも含めて、明日の朝受けるかどうか教えてくれにゅう」
「マジックアイテム……?」
「にゅ」
疑わしげな表情のエキューにパラフリーは二回ほど首を上下に動かした。
オーファン国内、護衛、マジックアイテム。
これはもしかしてもしかしなくとも………
エキューの思考が答えを弾き出す前に依頼人の片割れであるグラスランナーは《青い小鳩》亭の宿泊施設のほうに歩き出す。そして酒場と宿泊施設を区切る階段に姿を消す。
と思いきやピョコンと再び顔を出した。
「一つ付け足しておくけど、俺達にとってダークエルフは敵だにゅう。それにファンドリアの人間でもないよぅ」
そして今度こそ姿を消した。
それを呆然と見送るヒース達。
「……えー、まぁ、なんだ」
エヘンエヘンとヒースが咳払いをする。
それにつられて正気に戻ったエキューが発言する。
「僕は、別に受けてもいいと思うよ」
7万ガメルだしね、と付け加えるとマウナもそれに賛同する。
「ダークエルフが敵ということは邪悪の敵、すなわち正義です!私もいいと思います」
「僕も。いざとなったらお金だけもらってとんずらすればいいし……」
そう言いかけたノリスの頭にガルガドの拳固が入る。
頭を押さえてうずくまるノリスを華麗に無視して、ガルガドも賛同の意を述べた。
それを見渡すヒース。ここまで仲間が乗り気ならヒースとて断る理由はない。
「よし、じゃあこの依頼、受けるか」
「よっしゃー!!7万ガメル――!!一括前払い――!!」
「これで銀のプレートメイルも一括払いで買えます――!!」
「一年間豪遊――!!」
「素敵だマウナさ―――ん!!」
次々と叫びだす仲間に呆気を取られながらも、まんざらではない表情でガルガドはエールを傾けた。ヒースも新しく召還した使い魔、フレディ・マークUを飛び回らせて御機嫌っぷりをアピールした。どさくさに紛れてマウナに抱きついたエキューがいつものようにお盆で撃墜される。元傭兵の反射神経を考えればマウナの攻撃など目を瞑っていても避けれただろうが、それをあえて受けているエキューは……と、怪しい考えがヒースの中に浮かびかけた時、イリーナの砲撃のごとくの張り手がヒースの背中を襲う。哀れ、ヒース、轟沈。
そんな依頼の前哨祝いと化した酒場の中で、一人だけ浮かない表情をしている者がいた。
「スイザ……パラフリー………何処かで、聞いたことがあるような……」
ヒースがこの酒場にいる者全員にエールを奢りだしたことでバスの声は誰にも聞こえることなくかき消される。
こうして波乱の幕開けの夜は過ぎていった。
『ソー・ゼイ・メッツ・アス』presented by ogi