――1――

「こっちに金貨――、こっちに魔晶石――、こっちには宝石にゅう!!」
ガサガサゴソゴソという擬音がこれ以上に無いほど似合うグラスランナーが宝物庫の橋から端まで縦横無尽に駆け回る。
「もう少し慎重にやれ。万が一カースアイテムに当たったらどうするのだ」
そう言って品物を一つ一つ手に取りその現金換算価値をぶつぶつと呟きながら取り分けていくその様は人間よりもさらに人間臭く見える。込められている精神力が少なそうな、いわゆるクズ魔晶石は全てパラフリーと呼ばれたグラスランナーに回し、結構な濃さ、大きさのものはナチュラルに自分の背負い袋に入れていく。その手つきの鮮やかさは熟練とまで言われた自分達すら及びつかないほど速い。
「はとこーぅ、こっちにもマジックアイテムが大盛りだにゅう!!」
いつの間にか宝物庫の棚の陰の隠しとなっている扉を発見していたグラスランナーは見るからに怪しい本をぶんぶんと振り回してエルフを呼んだ。
「不用意に触るな、はとこの子よ。…すまないが、手伝ってくれ」
「まぁ、護衛任務にしては呆気なかったしな」
そう言ってヒース達も宝物庫のお宝の選別へと入る。
さすがに魔法王国時代の魔術師の宝物庫だけあって一つ一つの価値が大きい財宝が次々と出てくる。貧乏性で有名(?)なマウナなどそれだけで卒倒しそうな勢いだ。
しかし悲しいかな。彼らがスイザ達と交わした契約は護衛任務で、護衛先で見つけた宝の所有権は全て彼ら、という条項がしっかり刻まれていたのだ。
まぁ、前払いでしこたま貰ったんだけど。
ついついその時の情景を思い出してマウナの頬が緩む。
朝食の席で彼らに引き受ける意志を伝えた後、とてもじゃないがエルフの筋力では持ちきれないほどの金貨の山が彼らの懐から雪崩れてきたのだ。
恐らくは、彼らの持っている荷物のどれかがマウナ達もお世話になった『無限のバック』なのだろうと当たりをつける。そうでなければこれだけの金を自称『ひ弱なエルフと輪にかけて非力なグラスランナー』が持てるはずがない。
「これは……フム、……ィリス行きだな。こっちは………ズノー行きか」
売る店でも決めているのだろうか?
何事かを呟きながら手早くバッグに詰め込む。
「スイザ―――!!こっちは魔法書にゅう!!全然わかんないにゅう!!」
「やかましい!全部纏めて魔術師ギルドに売り払えばよかろう!!」
その言葉に――魔術師ギルドの一生徒であるヒースは、その文化的価値から来る相応の支払いを考えて、魔術師ギルドが傾かなければいいな、と思った。









「はぁ………」
「ひぃ………」
「ふぅ………」
へぇ、とは続かなかった。
いつもの、しかし新装開店した《青い小鳩》亭の所定の位置で暗くはないぼんやりとした雰囲気が立ち込めていた。そこにはノリス、バス、エキュー、そして一人まともにウェイトレスをマウナがいた。イリーナとガルガドは冒険者ながら結構な地位にいるので神殿の仕事でいない。ヒースは依頼主と連れ立ってお宝の鑑定と売買に外に出ている。
「二週間で遺跡3つかぁ………」
「ていうかあんな近場に遺跡があるなんて知らなかったよ……」
「灯台下暗しですな」
バスがかき鳴らすリュートの音が虚しく店に響き渡る。昼前ということもあって店の中は閑散としていて、それだけに自分達がぼんやりと暇していることが強調されていた。
「しかし彼らは本当に何者なのでしょうな。このような隠れたスポットを知っている。盗賊ギルドでも情報を得られない。しかし戦闘には参加せず終わった頃にひょっこり出てくる」
「エルフは皆優秀な精霊使いなんだからインビジぐらいどってことないよー」
「だけど戦ってもらわなくちゃ相手の力量もあんまりわかんないよ。グラスランナーはそりゃあ結構腕の立つ盗賊に見えるけどさ」
「うむ、同業者として見てみれば素晴らしいものでしたぞ、あの逃げ足の速さは」
「僕らあんなに速く走れないもんねー」
「だ・れ・が・足の速さを言ったんだよっ!!」
とぼける盗賊達にエキューは思わず槍の穂先でツッコミを入れたい衝動に駆られる。
しかしここは店内なのでマウナの姿があることも手伝ってどうにか押さえ込んだ。
「だけど実際問題もしヤバイとこの人だったら、僕らやばいよね。今やってることが遺跡荒しだけだからいいけど。ていうかオーファンの人じゃないよね?共通語もちょっと東方辺りの訛りがあるし…」
そういえば東方エルフ語なんてあるのかな?と少し余計な一言を付け加えるノリス。
「ふむ、ノリス殿にしては珍しく建設的な意見ですな、最後の一言を除いて。しかし私はどうもあの二人組みを何処かで聞いたことがあるような気がするのですよ。もしかしたら二人組みではなくどちらか個人か、もっと大勢の単位か知りませんが」
「スイザとパラフリーだよねぇ……僕も少し傭兵仲間に聞いてみようかな」
「そうした方がいいよね。傭兵なら他国の噂についても詳しそうだし、もしかしたら他国で有名になった冒険者で流れてきたのかもしれないし」
「……ノリス、あんた、クランズに乗っ取られてからなんかちょっと変わったわねぇ…」
感慨深げに呟いたのはマウナだ。
彼らに無料の水を振舞うべく愛用のお盆にグラスを3つ乗っけてやってきたのだ。
もっとも、バスのものだけレモン入りだったが。
「くっ……優しさという名の打算に満ちたマウナさんも素敵です…ッ」
「また何言ってんのよこの子は。でも、もう別にいいじゃない?身元が知れないから報酬を貰いそびれるという危険だって全額前渡しだったからないんだし。これ以上詮索して依頼人と仲違いして報酬返せなんてオチ、あたしはやーよ」
「それも一理ありますが、名前と種族以外全ての素性が知れないミステリアスな依頼人、人として…」
「いやバスはドワーフだし」
「……ドワーフとしても好奇心が疼きませんか?これがまた新しいサーガになりそうでワタクシ実は結構ドキドキしているのですよ」
その手は既にリュートからネタ帳へといつの間にか変わっていた。このネタ帳の中にバス渾身の代表作『ファリスの猛女』があると思うと………もし『貧乏性ハーフエルフ』なんて歌を作られたらどうしてやろうか、と思う。
「ていうか遺跡荒しなら別に僕達を雇う意味ないと思うんだけどね」
「冒険者が冒険者を雇うなんて話、聞いたことないよ。冒険者って結構自由意思の度が高いし、傭兵の方がよほど融通利くと思うんだけど」
「それか信用問題ですな。ファリス神官がいるパーティはそれだけで信用度が高いですから」
「………そういえば、“バンパイアを倒した”私達を訪ねてきたのよね……」
確かな信用、確かな腕前。
大金を払う余裕のある者がまずあげる条件だ。そしてそれは自ずとランクの高い依頼、危険が満ちた仕事ということになる。高い金を出して雇った時、それを持ち逃げにしないほどの信頼、そしてその仕事をクリアする腕前。
そしてそれは。
「……もしかして、何かに狙われているとか」
マウナは一年ほど前の事件を回想する。ノリスもその事件に思い当たったらしく、苦々しい表情となる。半年という長い拘束期間を考えればその可能性にも思い当たることだ。しかし、
「デュラハンは夜に来るんだよね。あの人達、夜の護衛、頼んでなかったよね」
「昼に来る新種のデュラハン……なんてものはありませんなぁ」
ウーム…、と再び思考の坩堝に陥るマウナ達。
その時扉の方から来客を告げる足音がして、その音に誰よりも早くマウナが反応した。
「いらっしゃいませ!!…って。スイザさん」
「ああ」
背筋をシャンと伸ばして少々大股気味に歩いてくるその姿は堂が入っている。そしてその後を…少々、しょぼくれたような姿のヒースがついてきていた。
「どしたの?ヒース」
「……凄かった……!凄まじかった………!!あのアイラさんとの値段交渉…!!井戸端のおば様にも負けないほどデンジャラスかつエキサイティング……!!」
「失礼な人間だ」
実際、最後の一桁まで怪獣大決戦の如く争われていた事実を間近で見てしまったら誰もヒースを糾弾できないだろう。この世の地獄とはこんなにも近くにあったんだな、とヒースは改めて認識した。
「あれ?パラフリーさんは?」
「グラスランナーに交渉事などできるものか。大方街の何処かをほっつき歩いているんだろう」
実際パラフリーは真面目になればできるが、現在パラフリーは盗賊ギルドの方で情報を集めにいっているだけである。勿論そんなことをスイザが彼らに話すことはないが。
「で、どうでした?首尾は」
そうマウナが聞くと、スイザは口の端を持ち上げるように笑った。
「それに対しては黙秘権を行使しておこうか」
落胆する姿が目に見えてわかる。
ファリス神官のいるパーティだからどうということはないだろうが、スイザの基本的なスタンスは信用とはかなりかけ離れている。ヒースに付き添われてやってきたアウザール商会でも一応ヒースには見えないところで最後の駆け引きを行った。
実際スイザ達が売らずに取っておいたマジックアイテムや魔晶石をも換算すれば既に採算が取れている計算なのだが、それを知らせることで起きる事、メリットはなしでデメリットばかりが浮かぶので、スイザは口を噤む。
まぁパラフリーには包み隠さず話すつもりなのでそこから漏れたとしたらまた何か考えればいいだけのことである。
「朝から待機させておいて申し訳ないが今日は何処にも行かない。各自しっかり休養をとっておいてくれたまえ」
それは暗に、その内また行くからなという宣言。
それを告げるためだけに《青い小鳩》亭に戻ってきたスイザはそのまま外套を翻して《青い小鳩》亭を出ようとする。
「あっ…護衛、」
「街中で護衛されるほど柔くはないつもりだがね」
そう言ってズンズンと人ごみに紛れていく。途中でエルフである証の尖り耳をフードで隠すことによってエルフを珍しがる人によるモーセの十戒も起きない。随分と世情に長けているという印象を冒険者達に与えた。
「ていうか尖り耳………もったいない……」
そのセリフは言わずもがな、エキューが発信源である。





――2――

「すいません!!本ッ当にすいません!!!」
イリーナが土下座かくやというスピードで頭を下げる。その際起こった風圧でスイザの前髪がふわりと持ち上がった。その周りでヒース達は呆れたような表情でそれを見ていた。《青い小鳩》亭の早朝、彼らは新たな遺跡探索に出発すべく集まっていたのだが、急にファリス神殿の方から仕事が舞い込んできてイリーナが身動きを取れなくなってしまったのだ。
何度目になるか、イリーナが再び頭を下げようとした時、スイザがおもむろに口を開いた。
「……別に、いいと言っているだろう。人間社会の煩雑さは私とて知っている。拘束期間が長いのだからこのようなこともあるだろう」
スイザの表情は堅い。
しかし、それがこの少女への煩わしさからきているのではなく、当座の計画について思うことがあるのだろうとパラフリーは理解した。先日パラフリーが盗賊ギルドで情報収集した結果で思い当たるフシがありそうな事が2、3入ってきたのだ。
「とにかく、今日は主力ファイターが欠けての戦闘になるようだからな。この遺跡よりも少し遠いが、こっちにした方がいいな」
手に持った地図とは別に新たな、古ぼけた羊皮紙を取り出す。よくよく出てくるな、とエキューは素直に感嘆した。
「見ても構いませんかな?」
ガルガドが伺うと、スイザはあっさりと地図をテーブルの上に置いた。
ターシャスの森に程近いところに赤い×印がつけてあった。その×印だけ比較的最近につけられたものだということがガルガドにはわかった。
「…………フム、これなら遺跡まで徒歩で二日ほどでつけますな。往復の食料を四日分、さらに探索期間用に…」
「全部で一週間分くらいにゅう」
ガルガドのセリフを遮って朝から様々な種類の料理を詰め込んでいたパラフリーが言う。思わず視線をあげてパラフリーを見ると、ニッコリと笑われた。
「計算、間違ってないで?」
恐らく予備の分も合わせて計算したんだろう。ガルガドも同じくらいを考えていたので少々驚いた。考え方がノリスと似てるとは思っていたが、根底のしっかりさはこっちの方が上かも……と失礼なことを考えながら。
「ふむ、それくらいならば常備もしていよう。では……」
行こうか、とスイザが言おうとした時、《青い小鳩》亭の扉がスパァン!と開いた。
「ノリスさーん!!盗賊ギルドからお仕事ですー!!」
「え、あ、キティ!?」
ノリスが目を真ん丸くして入ってきた少女を出迎えた。
「お久しぶりです!!」
「で、でもボク今ちゃんと上納金払ってるよね?」
「でもー、クライヴさんが言うにはー、この前ノリスさんを指名手配させた時の手数料だって言ってたですー」
「ええ!?でもあれボクじゃな………」
「つべこべ言わず行くですッ!!」
そう言ってキティがノリスの腕を引きずっていく。途中、キティとパラフリーの視線が交差したかのように見えたが、それはさりげなく、当人達にしかわからないような小さなものであった。
そして、ノリスがキティに引きずられて《青い小鳩》亭から出て行く。
それを咎められる者はここにはいなかった。

「「「…………………………」」」

ちなみに、スイザがさっきから腰をあげかけた中途半端な体勢で固まっていた。






「あの神官戦士はわかるとしよう。しかしあっちの盗賊の方は、パラフリー、貴様の方でわからんかったのか?」
「にゅ、わからんかった」
遺跡に向かう道中。川の近くで野営している中、スイザとパラフリーは身体を休めている振りをしながら会話をしていた。しかも、近くに寄らなければ聞こえないぐらいの小さな声で、使用言語は東方語。独特の符丁を使わない分そこまで徹底しているようには見えないが、それでも何かと警戒しているようである。
「多分やけどな。あの女、ここのギルドの幹部にゅう」
「幹部?あんな子供が?いや、子供に見えるだけかもしれんが」
「はとこが見かけに騙されるなんて珍しいにゅ」
そう言うとスイザが小さく鼻を鳴らした。
「悪かったな。しかし、すると盗賊を連れて行ったのはあの子供の独断ということか?」
「その線が一番高そうやね」
そして口を噤む。
向こうの方ではジェイミーという名の荷馬の世話を甲斐甲斐しくしている魔術師や、今日仕留めた獣から簡単な汁物を作っているハーフエルフ、そしてそれを邪魔しているように見えて手伝っている戦士に何かがないようで落ち着かないようなドワーフ、そしてもう一人それをニコニコと笑いながら眺めているドワーフがいた。
その様子は実に楽しげで、自分達のように、いつ何時襲ってくるかわからないダークエルフの恐怖に対する緊張感など欠片もない。彼らも自分達と似たような身で、ファンドリアから恨みを買っているというのにこの差はなんなのだろうとスイザは思ってしまう。
「そういえば“あっち”の件なんやけど」
「ん?」
パラフリーがスイザに問うた。
「本当に大丈夫かにゅう?」
その言葉にスイザが片眉を跳ね上げた。
「私達に関しては大丈夫であると断言してもいいだろう。護衛も揃っているしな。夜に仕掛けてくるにしても私達の拠点はそういうのに対して多少細工させてもらっているしな。いざとなれば追加を払い夜の分も頼めばいい」
私は知らない輩に枕を預けれるほど人を信じてないがな、と付け足す。
「多分貴様が言いたいのはアーチー達のことだろう?」
そう言うとパラフリーは素直に頷いた。
「だって、アーチー達が行ったのは“あの方”の御膝元にゅう。もっと別の選択肢とか、なかったのかにゅう?」
「それに関しては全然、全く心配は要らないと言っておこうか」
「?何でだにゅ??」
疑問符を飛ばすパラフリーにスイザはニヤリと笑ってみせた。
「それはだな、はとこの子の子よ。アーチーがアノスの騎士叙勲を受けているからだ。下手に当地でアノスの騎士が不審死してみろ?ロマールとアノスは険悪になるに決まっている。一番有力なのは冒険中に見せかけた暗殺だろうが、フィリスとアーチー、それ以外にも雇っているだろうが、そいつらを相手に暗殺を成功できるほどの駒をいかに大国ロマールと言えども“指し手”が持っているかどうかだ」
「つまりはアーチー達はロマール市内にいる限りは安全なんやね」
「そうだ。むしろ、一番危険かもしれないのはグイズノーとレジィナだ。私達のように盗賊ギルドを介すこともできないしアーチーのように地位があるわけでもない。しかしその分アーチー達のように目立つこともない。狙われることもないだろう。だから条件はイーブンに見えるだろうが………」
「盗賊ギルドを利用できる分、俺達が一番有利にゅう」
「そういうことだ」
そう言ってスイザとパラフリーは顔を合わせ、ニヤリと邪笑してみせた。
遠くからマウナが二人を夕食に呼ぶ声がした。






遺跡までの道中は何も起きずに、とてつもなく平和に過ぎていった。
しかしそれが嵐の前の静けさだったかのように、石造りの遺跡の中は魔物という魔物で溢れかえっていた。
妖魔類は当たり前のこと、邪悪な魔獣やどこかで見た悪魔までオンパレード状態だった。
「おかしいな……この前調べに来た時にはこんな奴らいなかったはずなのにな」
「にゅ」
「そう言ってても仕方ないけどね」
冷静にツッコム癖のあるエキューに、依頼人に何言ってんのよ!とマウナのパンチが入った。
そう言っても今まで通りに後方から戦闘の様子を眺めているのはスイザとパラフリーだ。基本的に彼らが護衛対象であるというスタンスを崩さない。遺跡内では先導することもあるが、戦闘は全て彼らに任せるという、まさに護衛という仕事であった。
(楽って言えば楽なんだけどね。遺跡の情報も全て彼らが手に入れてくれるし。だからこそ、そのスムーズさがあやしいんだけど)
何度も思った疑問点を反芻する。
しかし、今はそんなことを悩んでいる間はなく、一層豪華に彩られた、恐らくは遺跡の最終地点とも言える場所にエキュー達はいた。今までの戦闘はほとんど戦士としての力量で切り抜けてきたのでエキュー自体あまり疲労はないが、精神力の低いヒースなどは半分くらいしか残っていないような有様だった。
しかし、恐らくだが最後の部屋ということが彼らにとって救いか。
罠をチェックしていたバスが顔を少し顰めたまま言った。
「大丈夫………だと思いたい、ですな」
バスはドワーフという種族柄、罠を解除することにかけては得意だが、発見することに関しては不得手としていた。そしてそれが今回遺憾なく発揮されたようだ。
「じゃあイリーナ……って、今日はイリーナいないんだったっけな」
ヒースが眉根を寄せて言う。どうやらイリーナを当て馬にしようとしたらしい。イリーナを人間の女とカテゴライズするのに無駄なほど巧みに婉曲話術を使用するこの男のやりそうなことだ。ガルガドは本職であるはずの盗賊の姿を視界に探して、その人物もいないことに小さく自嘲の笑みを浮かべる。
そんな中、
「どれどれ、見せてみるにゅう」
初めて、パラフリーが動いた。
スイザの方は後方でそれを眺めているままだ。罠があっても被害が及ばないような位置で。
「もうちっと灯り近づけてくれへん?」
ヒースがランタンをパラフリーの頭上に翳す。
そして鍵穴や取っ手の部分を鏡を使用しながらちらちらと見、知っている者にはわかったが、指の部分が以上に細長くなっている手袋、『魔神の指』と呼ばれるマジックアイテムを手にはめ、ドアを弄くりだした。
どうやら、罠を発見したようだった。
そして3分もかからないうちに小さなカチリという音とともにパラフリーがフゥと息をついた。
「これで安心にゅ。ついでに鍵も開けといたにゅう」
鍵は開けても先に入るのは護衛である自分達のようだ。
一応礼というものを言ってから、バスを戦闘に恐る恐る部屋に侵入した。扉の罠は発動しなかった。
しかし、暗視の使えるドワーフにはそれ以上に不吉なものが部屋の中に見えた。
「うわっ………無茶苦茶嫌な色のオーラね………」
マウナが呟く。それに続いてエキューもゲッと呻いた。
棺だ。しかも、一番大きな棺を取り囲むように無数に。
そして部屋に入ってきたバス達に呼応するように棺の蓋が開き、およそ重力に逆らったような動きで中身が立った。
そしてその中身は干乾びたような細い身体を包帯でグルグル巻きにした、かのバンパイアとも並び賞されるほどの強敵、マミーであった。
「こいつらの攻撃にはもれなく呪いつきだ!!当たったらやばいぞ!!しかも……気をつけろ!!真ん中の一体は恐らくマスターマミーだ!!あいつを倒さない限りこいつらは永久に蘇る!!それからマスターマミーは魔法を使うから用心しろ!!」
賢者としての知識を遺憾なく発揮するヒースだが、今はむしろ焦りのが大きい。何しろマスターマミーがいる上マミーのその数なんと十数体。モンスターレベル的には申し分のない相手かもしれないが、数が数だ。
『ココハ……貴様ラ、蛮族ノ来ルトコロデハナイ………!』
戦闘の口上を述べ、マスタマミー以下マミー達が諸手をあげて襲い掛かってくる。逃げ腰になるが、依頼人の手前、本当に逃げ出すこともならない。
そこに、高くもなく低くもない一種の清涼感のある声が響いた。

“出でませシルフ。かの者の音を封じ込めよ”

それと共にスイザの持った拳大の煌きが音を立てて崩れ落ちた。
「マスターマミーの声は封じた。パラフリー」
「はとこは人使い、いやグラスランナー使いが荒いにゅう」
そう言うとパラフリーも同じく、スイザのものよりはサイズが小さいが、魔昌石を手に持って指輪に向かって合言葉を叫んだ。
魔昌石が砕けると同時に全員が魔術的防護によって覆われる。“カウンターマジック”のコモンルーンだ。
「魔術師、ファイヤーボールは打てるな?ギリギリまで奴らに近付くな。魔法でやれ」
そう言ってヒースに向けて拳大のものを投げつける。それが大陸でも滅多に見つからない最高純度の魔昌石だと気付いて……ヒースは精神力が尽きたわけでもないのに気絶しそうになった。
「神官はホーリーライトを。吟遊詩人はトランスファーで各自の精神力補充を頼む。精霊使いはファイヤボルトでできるだけマスターマミーを削ってくれ」
こうして。
現場の指揮権はスイザの下へと移っていった。






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