“バルキリー、我が朋輩、降り立ちて我が身を包まん”
絹のように滑らかな精霊語がスイフリーの唇から紡ぎだされ、それとともに青白い兜鎧を纏った美しい女性がスイフリーの背後に現れ、キラキラと輝く光がその身を取り巻く。一拍遅れてパラサが前線に飛び出し、そして左手の指輪に向けて何事かを囁く。するとスイフリーとパラサの両名が魔術的防護に覆われ仄かに光を発する。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
弓なりに仰け反って大地を揺るがすような咆哮を一気に吐き出す。
身体中の蛋白質が別な物に変化していく異音がベキベキと鳴り、鋼のような鱗、スラリとした鉤爪、そして仕上げとばかりに背中の肩甲骨辺りから皮膚を破ってヌラヌラとした緑色の物体――翼が生える。
その横を同じような鱗を持った生物が駆け抜ける。
その生物には足が無く、駆け抜けるという表現は少々場違いのような気がするが、その巨大な肉体にそぐわぬ俊敏さで前線に出てきた小さき生き物に襲い掛かった。
大地が爆ぜ、岩が砕ける。
しかし既にそこに小さき者の姿は無い。
鱗を持った生物――ワームもそれを感知しており、横に跳ぶことで牙の一撃をかわしたパラサに重々しい尾の一撃を加えようとする。
パラサが跳ぶ。まるで尾などないもののように。
そしてパラサの右手が閃いたかと思うと、その次の瞬間30mの巨体を誇るワームが血飛沫をあげてのた打ち回った。
激痛と憤怒に支配されたワームの尾が洞窟中を打つ。
しかしそれを食事する時のような能天気な顔でパラサはかわしていく。
「パラサ」
スイフリーの抑揚の無い声がパラサを呼ぶ。
そして次の瞬間、別方向からの一撃がパラサの頬を掠った。
それは見事に亜竜人と化した竜司祭の鉤爪だった。
スイフリーの言葉が無ければパラサとてその鋭利な鉤爪でずんばらりんだったであろう、スイフリーとのコンビネーションと自分の運にパラサは心から感謝した。
“バルキリー、雄々しき乙女、其の矛を以て我が敵を打ち払わん”
基本的に人語とは発声方法すら異なりそうな精霊語の後、二本の槍状の光がスイフリーの頭上に現れ、そしてワームと竜司祭に向けて打ち出された。苦悶の声をあげてワームの身体が痙攣する。竜司祭もその鉤爪の生えた腕をクロスさせ“戦乙女の槍”を防ごうとするが、口の端から零れた血がそれに失敗したことを知らせた。
そして先ほどの竜司祭の攻撃を避けた勢いに乗せてパラサが既に行き絶え絶えなワームへと肉迫する――が、今度ばかりは激しく動くワームの強靭な鱗に覆われていない箇所を狙えず、パラサの右手に握られたダガーと鱗の間に火花が散った。
そしてもう一度、スイフリーの掲げられた右手に光の槍が出現する。
勇気の精霊と崇められるバルキリーの力によって何処まで逃げようが必ず敵を射抜くと言われる戦乙女の槍がワームを貫き、今度こそ断末魔の悲鳴をあげてワームは動かなくなった。そして竜司祭もその重い一撃に身体を仰け反らせ――
寸前でスイフリーがそれが“戦乙女の槍”のダメージによるものではないと気付いた。
“ウィンディーネ!水の乙女、我ら汝の腕に抱かれん!!”
水袋に手を突っ込んで水飛沫を自分とパラサに乱暴に振り掛けると、そこから青い光がぼうっと滲む。そして次の瞬間、弓なりに逸らされた竜司祭の身体がバネ仕掛けのように元に戻ると同時に、オレンジ色の炎が空間一杯を満たした。
もし――パラサの“抗魔”と急ぎの“水壁防御”がなければ焼かれ死んでいたであろうその熱量に額に脂汗が滲む。
まぁ自分には戦乙女の加護があるけれど。
スイフリーの身を襲うはずだった灼熱がその身を覆っている輝きの中に包まれて消えていく。パラサは避けそこなった各所からブスブスと焦げ臭い匂いをさせていた。
それに半涙目になりながらもパラサは亜竜人にむけて刃を翳して突進していく。その鋭い鉤爪による反撃をすいすいかわしながら――パラサのダガーが竜司祭の急所を掻っ切った。
“戦乙女の槍!!”
三度、バルキリーが光の槍を投擲する。
竜司祭の腹を貫いたそれは空気に溶けるように崩れ、そして竜司祭も轟音とともにどうと倒れた。
「はっはっはっはっ!!おまえら、強いな!」
パラサによる応急処置によって蘇った竜司祭――ヤムヤルは豪快に膝を叩きながら笑った。
「えへへ……それほどでもないにゅう」
「竜司祭と戦うなんて貴重な機会はないしな」
ヤムヤルの真っ直ぐな賛辞に照れながら応えるパラサとそっけなく言うスイフリーは見事に好対照だ。スイフリーの頬が若干ピンク色なのを除けば。
「ボロミアも俺も、完敗!!おまえらの勝ちだ!!ここにある宝物、好きなやつ持っていけ!!……ただ、俺、これからもここ守る、少し、残してくれるとウレシイ」
たどたどしい共通語で言われた言葉にスイフリーの顔に笑みがのる。人外の美貌を誇るエルフの笑みはそれはそれは美しいものなのだが、パラサにとってはグレーターデーモンが微笑んでいるのと同じに見えてしまうのは何故だろうか。
「それでは魔晶石と金貨でも………いや、金貨はいい。これを貰えれば十分だ」
「?それでいいのか?ただの袋だぞ?」
ヤムヤルもそれに今気付いたとばかりにクエスチョンマークを飛ばす。
スイフリーが持っている物は一見色褪せた背負い袋である。
しかしそれは見る人によっては目の色を変えるような代物で――蛮族出身の竜司祭であるヤムヤルに気付けないのは無理もないが、都会にいすぎて人間に染まりきってしまったエルフであるスイフリーはその価値に気付いた。
「いいのだ。私は背負い袋が大好きだからな」
「そうか!おまえ、ちょっと変なやつ!!でも強いやつ!!」
「………はとこ…………」
スイフリーはその背負い袋を自分の背負い袋にしまい込み、ついでに先ほどの戦闘で消費した魔晶石を適当に見繕う。そしてパラサも幾許かの報酬をポケットに捻りこんで、洞窟の外に向かって歩き出した。
「おまえら、また、闘おうな!!」
それが彼が生まれ変わった後だったら絶対にごめんだ、とパラサは切に思った。
『考える人100のお題 071:闘い』presented by ogi