うだるような太陽光の直射が降り注ぐ街中。
アーチボルトが命名、仲間の反発にもあいながらしかし定着していった通称・バブリーズはアノスの首都・ファーズに留まっていた。

「あついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい……」

「はとこ、それは新手の呪文か?」

「そんなものではない。ただただ暑いのだ…」

「言葉にすると余計暑く感じるって言うにゅ」

「でも言わないでいても暑いのだ…」

「だからって言わなくてもいいにゅ。聞いてるこっちが嫌だにゅ」

ぼたぼたぼたと玉の汗を店先のベンチにだだ流しながらこの身を襲う焼けつくようなサラマンダーの活性化している空気から気を逸らすべく実にもならない会話を続ける。
ファーズのような巨大宗教国家の首都となれば神を信じないエルフやグラスランナーなどは珍しく、しかもエルフはその種族の特徴=人外の美貌から店の呈のいい客引きとなっていることはスイフリー達の与り知らぬことであった。

「……しかし暑い、暑すぎる。なんだって人間はこんな劣悪な環境に住みたがるのだろう。それともそれこそが人間の頑強さの元なのだろうか?エルフは空気も水も清涼中の清涼、気温も年中通して変わらず快適というまさに理想郷に住んでるからひ弱なのだろうか…?」

「グラスランナーも草原という清涼かつスリリングな場所に住んでるにゅ」

「それこそが、はとこの子よ、貴様の1ラウンド75mダッシュの秘訣か……?」

「そうとも言い難いけど……ああ、風になりたいにゅ……」

「是非なれ。そうすれば脱・はとこの子で私の友達に昇格だ」

見事に茹でエルフ・茹でグラスランナーとなりかけていたスイフリーとパラサだが、店のおやじのサービスによって濡れタオルを得る。真っ赤になった顔を拭くついでに首を拭いて『あ〜気持ちいい〜〜』とぼやくさまは非常に人間臭い。もしかしなくてもこのファーズという土地でまでエルフの地位降下を手伝うことになるとは、と少し感慨深げになったパラサだった。
まぁ何処に行ってもグラスランナーの地位は最底辺を這いつくばっているのだけど。
「……はとこ、もしかしなくてもウィンディーネ、呼べない?」

「こんなところで?」

「ここは一発一気に涼しくなりたいと思うのがグラスランナーとしての意見なんですにゅ。お腹が減ったら満腹になるまで食え、暑くなったら限界まで涼しくなれ。ひいひいじいちゃんの教えにゅう」

「なるほど。しかしここは人間の住まう土地。グラスランナーの教えもいいがここは一つ人間に合わせるべきではないかね?『郷に入れば郷に従え』」

「……誰にゅ、はとこに余計な知識を与えたのは〜〜…」

「残念ながらレジィナだ。それに友達をこんな炎天下の街路に呼び出したくはない」

「はとこにとって親戚より友達の方が重要なのね……」

「何代遡れば繋がっているのか微妙なほど遠い親戚にいつも一緒のお友達、比べるべくもない。それよりも何か飲まないか?」

「内から冷やす。いいことにゅ」

「というわけでキンキンに冷やしたエールを一杯。頼む」

「俺が買ってくんの!?」

大仰に驚く仕草をして見せるが、すぐさまスイフリーからお金を受け取って得意の1ラウンド75mダッシュで視界内から消え失せる。それを見届けてからベンチの一人分空いたスペースにばったりと倒れこむ。まだパラサのいたぬくもりがベンチに残っていて少々不快だったが、この際それはどうでもよく、倒れた節から感じはじめた心地よいほどの重力にズブズブと身を委ねていく。

(………あつい……)

ここが人目につく街路のベンチだとか。パラサをお使いにいかせたままだとか。
そういうことが全てどうでもよくなって、スイフリーの目蓋はゆっくりと閉ざされていった。







(………ん)

ぼんやりと意識が覚醒するのを感じる。浮遊していく意識が自分の周辺に数人の誰かが口々に何かを言っているのを感じた。

(……やかましいな)

今だ強烈な睡魔を訴えかける頭に甲高い声は少々痛い。
重い目蓋を渾身の力で押し上げて、その声の持ち主に一言言うべく口を開ける。
しかし

「あっ!気がついたにゅ!!」

何時ものグラスランナーボイスが間近でスイフリーの鼓膜に激突した。

「…静かにしてくれないか。痛い」

「それはごめんよう。でも、はとこ倒れてて心配したんだにゅう?」

「倒れた…?私が……?」

そういえばパラサにお使いを頼んだ後の記憶が曖昧だ。思い出そうにも……ベンチに身を横たえたところまでしか思い出せない。

「そーよ!!いきなりパラサが血相変えて私達のとこ飛び込んできてさぁ、心配したんだからね!!」

どうやらパラサだけでなくレジィナ、フィリス、アーチボルト、グイズノーとパーティ全員勢揃いしていた。涙目のレジィナが詰め寄ってきて少々応対に困る。
「だけど安心したよ。見たところ、ちょっとサラマンダーが身体の中で暴れているだけみたいだしさ」

精霊使いではないが高レベルの魔法使いとまでになれば精霊を感知する術も使える。医者の手によらずともこうして体内の精霊の調和を見、病状を感知することも可能だ。

「ま、ま、俗的な言い方をすればただの熱射病です。グラスランナーは平気なのに、エルフはとことんひ弱ですからねぇ。ま、ラーダの叡智に祈ればそんなもの一発で吹き飛びますがね」

「悪かったな、ひ弱で」

「自覚しているならもうちょっと精進するか自制なさい」

歯に衣着せぬグイズノーの口調もいつもどおりだ。しかし下手に気を使われるよりよっぽどましというものだ。今回ばかりは本当にスイフリーの非なのだから。

「それではいきますよ……」

エルフは神を信じないが、グイズノーの力は信じられる。
頭の中を蹂躙する頭痛や嘔吐感と戦いながらそれが一刻も早く直ることを神ではない何かに祈る。グイズノーの、奇跡に輝くその掌がスイフリーにかざされる。


ぼん


「………あ」

グイズノーの掌から明らかに失敗を暗示させる白煙が一塊噴いた。

「ちょ、ちょ、ちょっと、グイズノー!?」

「えーと、はい、何でしょうかね。ラーダ神がどうやらそっぽを向いたようで…ハイ」

スイフリーの中の頭痛や嘔吐感が引いた様子は無い。
色白を通り越して蒼白になりつつある顔に脂汗が滲んでくるのをスイフリーは感じた。

「失敗……だな」

アーチボルトが静かに告げる。
そして一斉に向けられるグイズノーへの批判の視線。特にレジィナからの視線はそれだけでこのうだるような暑さが吹き飛びそうなほど絶対零度だ。

「あー………えーと、ハイ、ラーダのお告げですよ。これはラーダからのひ弱なエルフに対する授業料だそうで………ハイ…」

「グイズノー……」

はぁーっとフィリスが長く溜息をつく。
パラサがジト目でグイズノーを見る。
レジィナが無言でグレートソードを握る。

「ちょちょちょッ!!レジィナ、その手はなんですかッ!!まさかまさかずんばらりんではないでしょうねッ!ねっ!!」

「普段からあーんなところやこーんなところばっかり行ってるからこういう時に信心を失ったりするのよ!!役立たないわね、生臭坊主!!」

「人生是すべからく勉強ですよ!!あんなところもすこぉしいかがわしく見えるかもしれないですけどね、真面目に奉公していたら得られないような貴重な知識もたくさん……ッぎゃはぁ――――――!!!」

レジィナのグレートソードがグイズノーの鼻先を掠めてグイズノーの言葉を遮る。そしてそのまま一般よりは広いが戦場としては狭すぎる室内をドタバタと駆け回る。そして……その振動が、熱射病と判断されたスイフリーの三半規管を直撃した。
スイフリーのこめかみがビクンビクンと痙攣するが、レジィナとグイズノーは互いに夢中(?)でそれに気付かない。スイフリーは身につけたままの飾り気のないペンダントを取り出して、

「……“サイレンス”」

ピシィン、と何かが空間を伝播するような気配がし、辺り一帯が静寂に包まれた。
センスオーラできる者ならわかるが、スイフリーのペンダントからは風の精霊が感じられる。

「……シルフをコントロールスピリットしておいてよかった。頭に響くから、頼むから静かにしてくれ………」

額を押さえて本当に苦しそうにするスイフリーにレジィナもグイズノーも黙った。というより黙らざるを得なかった。スイフリーのいる位置が辛うじて“サイレンス”の効果範囲を抜け出ているが、それ以外――魔法に強いパラサを除いて全員が口をパクパクさせていた。

「ま、養生することにゅ。幸い俺ら、金には困ってねーからにゅ」

全く以ってその通りだとスイフリーは思った。






後日、先の一件で閑職へと追いやられたクレア・バーンロードが暇を持て余して彼らのところに来たついでにスイフリーの病気も治していくことになるが、それはまた別の話ということで。






『考える人100のお題 077:宗教』presented by ogi