パチパチと爆ぜる焚き火がレジィナの横顔をオレンジ色に染め上げる。時折大きな音とともに火の粉が飛ぶが、レジィナの元に届くまでには原型をなくしている。そして火を絶やさないように頃合いを見計らって薪を追加する。その単純作業が6回ほど続いていた。
焚き火には前日の夕御飯である猪鍋がかけられており、それは野伏しとしての修練もつんだフィリスによる手作りだ。さすがに『材料を調達してくる』と言って一時間後、肩に多少小振りだが猪を担いできたことには驚いたが。味は、自分達がいつも街で摂っているものを比べては失礼だが、まぁまぁだったと答えておこう。

そんなことを考えていたせいか――火から3mほど離れたところでフィリスが寝返りをうつ気配がする。もしかして心を読んだのか、魔法使いにはありがちな先入観の元の誤解にびくつくが、本人は完全に眠りの世界のようで、「うぅん…」と艶っぽい呻きが漏れた。

お姉さんは色っぽいよなぁ……

おもむろに自分の成長途中のブツを掴んでみる。戦士として鍛え上げられた胸筋が堅い感触を返してくる。というか見比べた時点でアイアム敗者だ。

自分だって女としては既に熟していると言ってもいい年だと言うのに。

そう思うとさらに気分が落ち込んだ。
貧乏劇団員から冒険者への華麗な転身の後、まさに波乱に波乱が続く激動の毎日でそういうことを気にしている暇はなかったのだが、当てのない放浪の旅となった今、レジィナの女としてのそういう気遣いがムクムクと膨らんできたのだ。
というか自分はお姉さんに比べて女扱いをされていない気がする。自分のパーティのポジションが前衛のファイターでお姉さんが後衛のソーサラーであることも関係しているだろうし、分厚い鎧を着なければいけないことも起因しているだろう。
実際、アノスの騎士になったということで無駄に上流階級ぶるアーチーを除いて特にグイズノーあたりから女扱いされてないような。
っていうかあんなに好色ぶっといてあたしには全然そういうのないんだよね、グイズノーって……
スイフリーは女も男もまるめて『人間種族』という扱いだし、パラサはクレアさんが好みと公言して憚らないし。クレアさんだって神官戦士だからあたしと骨格あんまり変わらないと思うのに。

「贅沢な悩み、なのかな……」

冒険者として並ぶ者がいないほどの富と名声を獲得した自分達。天は二物を与えずと言うが、それでもその手に入れた名声の反動としてダークエルフに狙われている羽目になっているのだから、もー少しくれてもいいと思う。

まぁ、今の危険と隣り合わせなスリリングな生活も結構気に入ってはいるのだけど。



パチパチパチと火の粉を飛ばす焚き火の中に10本目の薪を入れる。

「……そろそろ交代の時間かにゃ」

フワァ、と最後の部分が欠伸によって間延びする。
夜の闇も大分濃くなっていて、その中でキラキラと光る星を見ると歌を歌いたくなるが、今はそんなことよりも睡魔の方が勝っていて、一刻も早くその心地よい衝動に身を任せたい。夕飯の折じゃんけんで決められた見張りの順番は、自分の次は確かスイフリーだったはずだ。グラスランナー用の小さなマントを蹴飛ばして風邪を引きそうな態勢で寝こけているパラサの横で木に寄りかかって寝ているスイフリーを起こすためにレジィナは火の近くを離れた。

「スイフリー、時間だよ、起きて」

声をかけるが、起きない。
立てた膝に肘を乗っける形で俯いたままスゥスゥと規則的な呼吸音を出している。

「ちょっと、スイフリー」

二度目の声にも反応なし。
仕方なく揺すって起こそうと肩に手を伸ばすが、その時、オレンジ色の光に照らされてレジィナは奇妙なものを見た気がした。

「…………?」

ゴシゴシと目を擦る。
そして見間違いでないかどうか、もう一度よぉっく見てみる。


「………!!ッッキャァァァァアアアアアアアアア!!!!!」


スイフリーの頬の、ボロリと剥がれた皮膚の下。
見慣れたくないが見慣れてしまった褐色の肌が覗いていた。
夜闇を裂いて響いた悲鳴は、これ以上になく女らしかったと言っておこう。







「ッキャァァァァァアアアアアアアアアアア!!!」

「…!!お、おい!!」

至近距離であげられた悲鳴に人間よりも耳聡いエルフであるスイフリーは目尻を痙攣させた。そしてばっちり開いたレジィナの目とスイフリーの視線があう。

「ダッダークエルフ!!!」

「何がだ!私は正真正銘ただのレッサー・エルフだと……ッ!!」

スイフリーの言葉を打撃力26を誇るグレートソードが遮る。
エルフにしては珍しい戦士としての修練を積んでいたスイフリーはそれを紙一重でかわす。そしてそのまま二撃、三撃と立て続けに打ち込まれる斬撃に、仕方なく平時使わないロングスピアで応戦する。

「寝ぼけるにしてはッ……やりすぎだぞッ!レジィナ!!」

「ダークッエルフッッ!!騙されないんだからァァァ!!!」

さすがに戦士としてはレジィナの方が上をいくのでかすり傷が徐々に増えていく。
しかし……普段から理性の人を自称しているスイフリーも混乱していた。
見張りだというのにその役割を放棄して舟を漕いでいたレジィナを起こしただけだというのに、何ゆえダークエルフ呼ばわりされなければいけないのか。その覚えが少々ありすぎるために完全否定できないことがちと悔しい。

「イヤァァァアアアアア!!!」

悲鳴なのか気迫の声なのかいまいち判断にかける声と共にスイフリーをずんばらりしようとレジィナのグレートソードが振り上げられる。
回避しようとバックステップを踏むが……背中に当たった堅い感触に背筋に冷たいものが走った。
レジィナのグレートソードが振り下ろされる――
スイフリーは、盛大に噴出する血飛沫が見えたような気がした。





「“サニティ”」

レジィナとスイフリー以外の第三者の声が響き、レジィナのグレートソードがスイフリーの眼前でピタリと止まった。
その聞き覚えのある声に辺りを見渡すが、見当たらない。

「何してるんですか、こんな夜更けに」

パーティ唯一の神聖魔法の使い手――グイズノーは、レジィナの足元に這って、レジィナの足首に手を当てていた。“サニティ”は相手と接触しなければ効果を発さない魔法なのでグイズノーはレジィナの近くに行かねばならず…おそらく、巻き添えはごめんとばかりに這ってきたのだろう。
その情けなさになんとも言えない感慨が浮かぶが、今回は助けられた側なので、フゥ、という溜息だけにしておいた。

「それは私も聞きたいところだ。こちらとていきなり斬りかかられたのだからな」

今だ眼前に突きつけられたグレートソードの刀身をロングスピアで払いのけ、血の滲み出した傷の箇所を確認する。たった数合の斬りあいでも結構な傷となっていた。それを見てグイズノーが神聖魔法を飛ばす。傷は一瞬にして癒えるが、切り裂かれた衣服は元に戻らない。

「だ、だって、ス、スイフリーがダークエルフでッ!こう、ベロンって!!」

「はいはいもう一回“サニティ”ですね」

短いラーダへの祈りの言葉と共にグイズノーの掌がボウッと光る。
そしてその光とともにレジィナの目の剣呑な光も薄れていく。

「で?ベロングギャンモシュケペペーがどうしたというのです?」

「ス、スイフリーを起こそうとしたら……」

「私はついぞ起こされた記憶はないのだが」

「全然起きなくて、肩を叩こうとしたら、こう、頬の皮膚がベロンと剥けてて……その下に………」

再びレジィナのスイフリーを見る目に剣呑な光が帯びてくる。
それにシグナルを感じとったグイズノーが慌てて言葉を探した。

「はい、はい、レジィナはそういうことで、スイフリー、貴方の答弁を聞こうじゃないですか」

「……私は、断じてファラリスの加護を得た覚えはない。大体、レジィナ、貴様に起こされた覚えもない。私が・貴様を・起こそうとしたんだ!だというのに開口一番どこぞの女みたいな悲鳴をあげて!!その上私の顔を見た途端ずんばらりんされそうになるし!!」

「え……」

「それでも疑うというなら触ってみるがいい!!これが正真正銘、地肌だ!!」

「“ディスガイズ”でも“シェイプチェンジ”でもないわよ。“センスマジック”に反応はないもの」

再びの背後からの声にレジィナ達はハと振り返る。
そこには覚醒直後だというのにしっかりと大地に立ってこちらを見ているフィリスの姿が。いや、フィリスだけでなくアーチボルトもパラサも起きていた。

「あれだけ大きな悲鳴と斬撃の音があれば誰だって起きる」

顔に書いてある疑問を読み取ったのか、アーチボルトが答えた。

「とうとう白粉ダークエルフ、本性を現す、かにゅう?」

「だから、ダークではないと言っておろう!!」

ふざけ半分に言うパラサに反対にスイフリーが怒ったように怒鳴る。

「ま、それでもレジィナが納得できないのなら、さぁ、存分にまさぐるのです!スイフリーのあんなとこでもこんなとこでも!!」

「「誰がッッ!!」」

スイフリーとレジィナの声が唱和した。
そしてグイズノーに本気半分のグレートソードを振るった後、意を決したような顔でレジィナがスイフリーの頬に手を伸ばす。どちらかと言うと疑いをかけられている自分の方が落ち込みたい気分なのに、何故レジィナの方が怯えた目をしているのだろう、とスイフリーは思う。しかし丁度いい機会だとも思う。これで自分が完全に真っ当なエルフと証明し、このような嫌疑がかけられなければいい。
レジィナの、戦士として修練の積み重ねられた堅い指先が頬を撫ぜるのを感じる。そして確認するかのようにつねられ、こねられ、尖った鼻梁を思い切り摘まれ……

「って、にゃにをしゅるんでゃ!!」

「あっはははは、スイフリーおもしろーい!!」

けたけたと笑うレジィナは平素のレジィナだ。鼻を摘んでいた指も離し、地面に刺しておいたグレートソードを元鞘に戻す。

「で、私の疑いは晴れたんだろうな」

「わかってるわよ。すいませんでした、全部あたしの勘違いでしたー」

「だったらいい。これ以上仲間に夜這いされるのはかなわんからな」

「……でも、あんまよくないことも判明したわー」

その言葉に、は?という顔をすると同時に、いきなりレジィナによって襟を掴まれる。 ひ弱なエルフは勿論のことそれに反抗はできない。

「何よ!エルフって皆そうなの!?地肌とか言っちゃってさぁ、お姉さんも見てよ!このニキビも染みもないしっとりしていてちょっとモチモチな透き通るような白い肌を!!」

「な、な、」

「あーら、本当?レジィナ」

「あたしがあんなに欲しいと願っているのにこんなダーク未満エルフが持ってるなんて!くやしい!!エルフなんてダークじゃなくても皆敵よ!敵!!」

「本当ねぇ。羨ましいわぁ、スイフリー。しかもエルフだからこれが衰えてシワシワになることもないのよねぇ……」

顎を筋力17で掴まれてひ弱なエルフは強制的にフィリスの方を向かされる。その瞳が妖しく輝くのを零距離から見てしまい、スイフリーはらしくなくヒイ、とか細い声で鳴いた。

「ほぉんと、羨ましいわぁ………」

「でしょぉ?」

パーティ最大筋力を誇る女性二人組に囲まれて、哀れスイフリー、身じろぎ一つできなく追い込まれていた。それに対して男性陣は。

「一件落着ですね」

「ああ。明日も早いしな。早く寝よう」

「おやすみにゅう〜〜」

いそいそと各自の寝具に戻っていった。
見張りはスイフリーに、それにゲストでフィリスとレジィナが起きてそうなので万全と言ってもいい。
今夜も無事に更けそうだ。
そう思ってアーチーは再び目蓋を下に落とした。





「無事じゃないッ!!」





白粉疑惑の次にモチ肌疑惑のあがった一人のエルフを残して。






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