プロローグ

ジャジャラ 人間 男 邪眼炎術士
賭博都市カリュオンの生まれ(自談)
ロシアン・ザクム・ルーレットで見事に生き残って享受者となる(自供)。その後邪眼で一山当てようとして、イカサマがばれ、カリュオンからティオースに逃げてきた(自伝)。
なお、カリュオン支部から彼に対する調査への返答は一切無く、これらの情報は全て彼自身の供述に過ぎず、信憑性は極めて低いものとする。






「賭博都市、ねェ……」
他の享受者に比べて比較的薄っぺらい書類を折ってみたり灯りにかざしてみたりしながらアヴィシィはぼやいた。
ここは日の当たらない地下の地下、そのさらに地下の地下の地下辺りにアヴィシィの為だけにヴァーリがシャベルとツルハシと妖霊で自ら作り出した執務室…という名の体のいい監禁室である。一見すれば他の部屋に比べてちょっと豪奢な作りでいかにも組織のトップがいるという風格を兼ね備えているだけの部屋に見えるが、壁一枚隔てたその先には奇妙な駆動音を響かせるヴァーリ特製のギミックがひしめいている。今座っているちょうどいい弾力の支部長チェアーも一度(ひとたび)脱走を図ろうとすればおびただしい拘束具が飛び出し電流のおまけつきまでフルコースで存分に変貌を遂げるに違いない。確信をもって断言できることが少し寂しいような気がするアヴィシィだったが、どこからともなくギミックを使って書類を運んできたヴァーリに身体が反射的に浮きそうになる。
「どこか、用事でも?」
セリフこそ穏やかだがアヴィシィの反射的な行動を見咎めた目は鋭い。
大丈夫、まだ逃げの動作までは入っていない。たらりと一筋こめかみに汗を流しながら表面上笑顔で答える。
「いやー、うん、この書類見てたらさぁ、やっぱ実物に会ってみたいなーって」
書類と呼ぶには折り目がついてたり皺がよっていたりするそれを半眼で覗いたヴァーリは一拍置いて「ああ」と返した。
「先程支部長殿が爆笑していたやつか…」
「そそ、世界を救うヒーロー候補!」
「俺は世界を救う前にこの哀れな書類の山を支部長の御手で救って欲しいのだがな…」
正しく山、だ。
本部から来た客などに応対する時使われる煌びやかな装飾で覆われている木製のテーブルの上に一つ。三年に一つしか作品を残さないというどこぞの怠け者の名匠が織ったらしい肉厚の絨毯の上に一つ。そして年季の入った支部長デスクの上でアヴィシィを囲む山脈のようなものが一つ。アヴィシィの前にはその内の5,6枚が広げられているままだ。
 ………そういえば、先程見に来た時もこの書類を見て笑っていたのだったな……
それはつまり先程――それも小一時間前のことだが、それ以降この支部長の手が進んでいないことも意味している。ピクリ、とヴァーリのこめかみが疼いたのにアヴィシィは幸か不幸か気付かなかった。
さらに書類にはこう続いている。血縁者…不明、生年月日…不明、血液型…不明。不明のオンパレードだ。趣味…賭博・【物を見通す目(スルーアイ)】。今更ながら邪眼もいいなー、とアヴィシィは思った。
「引っかかることがあるなら追い出すなり消すなりすればいいんじゃないですか?」
涼やかな声で第三者がさらりと酷薄な言葉を吐いた。
部屋の中央、空中で揺れる幻燈。そこから霞のように曖昧な輪郭が噴出す。手、足、胴体、頭、ゆっくりと実体が現れる。
「なんでそう思うの?」
気分を害した様子も見せずアヴィシィが返す。ゆらりゆらりと手に持ったカンテラを揺らしながら突如この場に現れた人物は答える。
「いつでも即断即決の貴方が一時間もその書類と睨めっこしたままだからですよ」
ヴァーリの隣に立つことによってまるで絵画のような不思議な空間が形成された感覚が襲う。ヴァーリと血を分けた双子の妹、ラーク。髪留めの位置や男女の性差など、極々小さなことを除けばこの二人は恐ろしいくらいにそっくりだ。双子なのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、これで纏う雰囲気すら意図して同調させてしまえば恐らくアヴィシィにすら見分けることは難しいだろう。
「そうなのか?支部長」
「うーん、そうでもないんだけどね……彼に関しては採用。こんな面白い経歴の人材逃すなんて有り得ない」
「そんな理由でか」
「正気ですか?」
ぱたぱたと書類を振りながら軽く言う支部長にヴァーリ、ラーク両名が同時に口を開いた。そして同タイミングで同角度で眉根を寄せ、軽いアイコンタクトの後、妹であるラークが先に口を開いた。
「賭博都市カリュオン出身の人物を迎えるなんて、私は反対です。しかも経歴不明なんて、疑ってくれと言っているようなものじゃないですか。もし彼が袈唇の手先だったらどうするつもりです?」
「それはあくまで可能性の問題だろう。享受者になる人材なんて脛に傷の一つや二つ珍しくない。懸念だけで貴重な享受者を逃すのか?」
 双子の視線がかち合う。普段は雰囲気こそ真っ向と言っていいほど違うのに意見が対立する時に限ってどうしてこんなにも似てくるのか、疑問だ。
「確率論じゃあないんです。人員拡大と内部に敵を抱え込むこと、どっちが重要視されるべきか兄さんもわかるでしょう?」
「だったら内部にいれなければいいだけだ。せいぜい駒として使えばいい。駆け出しの享受者にできることなんて限られているしな。」
「優秀な諜報員というのは内部深くに入り込むだけではありません。いかに距離の開いたところから内部を伺えるかも能力の一つです」
「どうやら妹殿はどうしてもこの男を袈唇の手先にしたいらしいな」
「その可能性が高いと言っているだけです。そういう兄さんこそどうしてその可能性がないと言い切れますか?」
「俺とてその可能性を考慮していないわけではない。ただ、こんなアホ面の奴が袈唇の優秀な諜報員≠ニはにわかに信じがたい」
ペラリ、と顔写真が乗った書類をかざしてみせる。痩せ型の顔に、干草の色に似た褪せた金髪。あまり血色のよくない顔色と対照的に虎目石の瞳が爛々と輝きを放っている。それだけ見れば立派な悪党面で通じるような風貌だったが、少し大きめの口に覗くやや大きめな歯が全ての雰囲気を台無しにしていた。
兄の言葉を否定しきれずにラークが小さくあさっての方向を向く。
「が、外見では内面は判断できません」
「声が上ずっているのは兄妹のよしみで見逃すとして、だ。他紫杯連の注意に値する動きを掴んできたわけでもなく何故そこまでおまえは心配する?」
「平時こそ警戒すべきです。平穏は注意力を散漫にさせます。そうしてできた隙こそが攻められる。それを探るのが…」
「この男かもしれない、か。だがそれなら全ての享受者にも言えることじゃないか?例えばこのミリアムという女。ファーユから来たと言っているが元々はラウに住んでいたらしい。そこで邪霊に囁かれてない可能性は?袈唇と接触していない可能性は??」
「……同族を、疑うのですか」
「だからあくまで可能性の話だろう?わかっていると思うが」
目を細め、口角をキュッとあげるようにして笑う。策士が策を練る時のような、それでいて自嘲しているような、そんな笑い方だ。
「わざわざ内部に抱えなくともジャハンナム、ひいてはティオースには火種だらけだ……。邪霊(シャイターン)、紫杯連(マーリク)、獄(プリズン)……そして、人間(インサーン)ども。どうだ、ラーク。おまえの懸念が杞憂に終わりそうに思えてくるだろう?」
いかにも楽しそうに語る兄に妹は自然と溜息をついた。それらの要因を取り除き界螺の名の下ジャハンナムに平和をもたらすのが自分達の仕事だというのに、そのような火種があることを何故嬉々として話すのだろうか。ラークとて人間達を許したわけではない。しかしこのように面白がるのもどうかと思う。
「……この件については、私もいささか判断力に欠けていたようです。兄さんと支部長に任せます」
目を閉じ薄く笑みを浮かべながら首を横に振る。元々幹部の仕事として新人の登録、仕事の仲介はヴァーリの担当だ。ラークは口出しはできるものの最終的な決定権はヴァーリ、そして支部長であるアヴィシィにある。もしラークの懸念が実現するその時になれば、その時全力で事態を防げばいいことだ。幸い、その力もある。
「…だ、そうだ、支部長殿。この件に関して……は…」
満足そうに頷いてからアヴィシィの方に向き直ったヴァーリの語尾が震えるように掻き消えていく。そして痙攣するように全身がぷるぷると震えだす。怪訝に思ったラークがヴァーリの視線の先を辿ると……がらんどうの支部長椅子が、一つ。
「あ………ん、の、……ァカ支部、長………」
絞り出すような裏返った声と絶対零度の怒気が隣から漂ってくる。事態を悟ったラークは両手を耳に添えて聞こえないよう指で栓をした。


「何処に逃げやがった―――――――!!!」


デスクの上には、認可の支部長印の押された書類が五つ。









『ジャジャやん物語 プロローグ』


2010.1.24.
presented by ogi